病名
某SNSに、米国人を配偶者・恋人に持つ女性のためのコミュニィティがあってときどきおもしろい投稿を見ることがある。その日目にしたのは20代女性による絵文字満載のトピック、「彼が入院しました」。以下要約。
日本に住むこの女の子は在日アメリカ人男性と付き合っており、1週間前のその日38度を超える高熱を出した彼を開業医に連れて行ったらしい。一度は風邪だと診断されて内服治療を開始したが回復しなかったため数日後あらためて総合病院に連れて行った。
そこで新型インフルエンザを疑われて簡易検査を受けたが陰性、さらに血液検査の結果肝酵素が上昇、肝機能が著しく低下していたため精査を実施したところ脾腫大が認められてその場で入院が決定したらしい。
病名はEBV感染症疑い。EBウィルスは日本人はそのほとんどが幼少の頃に感染して風邪程度の症状で終生免疫を獲得するなんでもないウィルスだが、欧米ではそういった環境がなく、成人期以降に感染して重症化するというケースがしばしば報告されている。異性間の濃厚接触による感染が多いため俗に「kissing disease (キス病)」と呼ばれている。
確定診断には約1週間かかる血液培養の結果を待たないとならずその間は特に治療らしいことはできないので、入院してもただ安静にするしかない。入院中の本人は本国にいる両親らとはなかなか連絡をとることができないためこの女性が代わりに連絡をするのだが、どうやら英語に不自由しているらしくあまりうまく対応できず、そのためかよくなっていると伝えてもあまり信用してもらえずに同じ質問を何度も聞かれ、朝から晩まで付き添って本人と家族との仲立ちまでしているのに家族から感謝もしてもらえず、それが不服だというトピックだった。
在日アメリカ人と付き合うのがまず間違っているというのが印象であり大概の場合の結論でもあるのだがそれを言ってもしかたがない。彼女のプロフィールにはこの彼らしい白人の男の子とのツーショット写真が何枚か載せられている。坊主に近い髪、ランニングシャツにカーゴパンツという、やっちまった感ありありのこのチャラい彼の横にはこの彼にとてもよく似合った茶色い髪、焼けた肌の若い女性がくっついていた。きっとこの彼が大好きで、英語もろくに話せないけれどがんばっているんだろうな、となぜか必死にもぐもぐしているウサギを見るような気持ちになったので返信した。
要点は、
1)「1週間入院」の重みが違う。日本では特にすることがなくても結果待ちで入院させておくが、入院基準の高い米国ではこのケースなら確実に治療が必要になるまで家で寝ていろと言われる。なんせ日本なら3日~1週間は入院する鼠径ヘルニアの予定手術の多くが日帰りである。感染症で1週間も入院しているなら本国の家族はおそらく「どれだけ重症なのか、死にそうなのか」と思っている。付き添っている他人のことまで構っている余裕はない。
2)家族を安心させようとしなくてよい。現時点でよくなっているわけでないのだからウサギさんが「よくなっている」と伝える必要もまったくない。血液データがもらえるようであれば印刷してもらい、毎日の検温時の数値を看護師に教えてもらってその都度記録してそれとともに送る、また身体を拭いて着替えをしたら気持ちがいいと笑っていたなど、事実に基づいたことのみ報告することで問題ない。家族心配するのは当然だし、必要であれば日本に来ることも検討するだろうから、それは家族に任せてよい。
3)付き添っているのは大変なのでウサギさん自身も休むこと。不満が出るのは疲れているからだと思う。EBV感染症であれば治療が終了してもしばらくは倦怠感が続くために養生が必要になるので、それも考えて休息を取った方がよい。
さて、この返信をした翌日、ウサギさん本人から個人的にメッセージが届いた。
「トピの書き込みありがとうございました。今日血液検査の結果が出て、EBウィルスは陰性でした。まだ検査が続くみたいです。高熱が続いていて下がらないし、どうしたらいいのか…」
肝機能低下、脾腫、白血球増加で肝炎ウィルスとEBVがシロなら、あとは悪性リンパ腫や白血病なんかの血液疾患かHIV感染くらいしか思いつかない。どのみち生命にかかわるし、HIVなら下手をすればウサギさん自身も巻き込まれかねない。人生って怖いねえ。
正直ここからはシャレにならないのでかかわらない方がいいので言葉を選んで当たり障りのない返事をし、結果的に何度かやりとりをした。その後本人は全身に発疹が出現したり、熱が下がらなかったりしていた。治療してないから薬疹はシロ。この状況で全身の発疹はよくない徴候(*下記参照)。
そして「EBVは検査が早すぎると間違って陰性に出てしまうことがあるようで、もう一度検査しようということになりました。一緒に風疹・麻疹の検査と、白血病とHIVの検査もするみたいで落ち込んでいます。今週末には結果が出るみたいです。EBVであってくれたらと思っています」という2週間前のメッセージに対して、結果が出る頃に返信したがその後返事は来なかった。そしてその後SNSの彼女の入院に関するトピック自体が消されていたところを見ると、どうやら報告したい病名ではなかったらしい。
人生にかかわるので、東京をうろつくチャラい白人の男の子とはあまりかかわらないほうがいいですよという、やっぱりそういう結論。
*不明熱で原因検索中に発疹があれば、若い世代の日本人なら通常麻疹・風疹を疑うが、相手はアメリカ人である。日本と違ってMMRなんかの感染症ワクチンが規定に沿って無償でがっつり実施 されていて、これなしでは義務教育が受けられないためそれはほぼ除外できる。予防接種のおかげで感染症が減ったのも忘れてわずかな確率の副作用を取り上げたメディアが吹く笛に親が踊らされて騒ぎ、厚生省が定期接種を努力義務化したためにこの期間の子供が成長した昨今日本で麻疹・風疹などの感染症が急増し、世界での日本の感染症後進国のイメージがさらに強くなった。


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