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2008年10月

祝・連休

やっと連休。ここまで3週間あまり、ほとんど連休なくひたすら夜勤の日々だったけれど、とうとう放免。

この3週間、病棟は実に荒れた。それでも夜勤専従なので勤務が多いといっても常勤者に換算するとごく通常くらいの勤務日数なので「もう病棟に行きたくない」と思うところまで行かずにここまで来れた。常勤者のみなさんはというと、また新たに出た欠員をカバーするために休日を削っているらしい。

もう交代勤務はできないなあ。もうずっと夜勤でいいです。

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総数6人で2人体制!

某極東の島国の首都ではここのところ産科医の不足がさらに深刻になっているとかで、状態が悪くなった産婦を受け入れる病院がなく対応が遅れて亡くなったということがあったらしい。

このとき受け入れを断ったある公立病院は救急指定を受けていて、2人常駐の24時間体制を常勤産科医4人と研修医2人の6人でまわしていたらしい。6人のうち2人が必ずそこにいるというのはものすごいことだ。3交代だとすると8時間勤務して16時間休憩という生活を休みなく続けないとならない計算で、いるだけでなく仕事をしていたのだろうからもう想像もつかない。自分の時間なんて高尚な概念どころか、食って寝る時間があるかどうかも怪しい。わたしが当事者なら失踪する、そして家族なら泣いて辞めてくれと頼むレベル。

50床の病棟で3交代シフトをまわすのに、日勤帯で最大10人、夜勤帯2つについては3人常駐体制をキープするのに20人ではきつい。お医者はナースコールで走り回ったりはしないけど、一方で看護婦さんはシフトが終われば引継ぎをして消えるから、また違った大変さがあると思う。

それにしてもいまだにたらい回しという表現を使うメディアがあるのに驚いた。緊急に医療が必要な人が迅速に対応されないことと、現場が既に受け入れている患者以外の責任を負えないこととはまったく別のことで、ここまで追い込んだこういった報道を続けることで現状をさらに悪化させることがわかっていないとは思えないけどね。

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失踪

未解決の幼児失踪について読んでいて夜が怖い今日思い出した。

わたしが小学生低学年だったその日は昼前からものすごい豪雨になって、午後の授業がキャンセルになって全員帰宅することになった。母はそのころパート看護婦さんをしていて、わたしが帰ってくるころには家にいたのだけれど、その日はまだ母は帰ってきていなかったので、合鍵で家に入ってこたつでテレビを見ていた。そのうち雨はすっかりやんでしまった。

すると父方の伯母がやってきた。伯母には小学生の孫がいて、その孫が豪雨で帰ってきたことでわたしも帰宅していたことを知ったのだろう、ひとりで家にいるのは危ないからうちに来なさいと言うので何も考えずについていった。この家は古くて暗く、牛乳も菓子のひとつも出なかったし、伯母の孫がそこにいて、わたしは当時なぜか町内の高学年の女の子に帰校時に小突かれたりいやがらせをされていたのだけれど、この孫も親戚なのに止めてくれずに尻馬に乗っていたので、目を合わせないように下を向いていた。思えば幼いころ、わたしはものを言語化しない子供だった。だから今昔のことを思い出すと、言葉でないそのころの気持ちが浮かぶ。胃が重いような、目線が下がるような、あるいは背中が丸くなるような。しかしなんであんなにいじめられていたのか。よほどみっともない子供だったに違いない。

そのうち母が血相を変えてやってきて、一緒に帰った。なんでも、「帰ってきたら家の玄関の鍵が開いていて、居間のテレビと電気がついたままで、ランドセルが残っていて、しかし置き手紙もなく普段超インドアな娘がどこにもいない」ので、どこに行ったかと探し回っていたらしい。たしかに、これは見ただけではどう考えても誘拐である。

それからは「親戚でもついていかないように」とことにつけ言われるようになった。

しかしあの伯母さんも大人なんだから、置き手紙まではしなくても、テレビと電気消して鍵を閉めるくらいすればいいのにな。善意だったんだろうけど母にしてみたらものすごい迷惑だよね。

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ゆるゆる

その朝、とある患者が亡くなった。

心電図モニターのアラームの「致死性不整脈」を知らせるアラームが鳴ってリーダー看護師と一緒にかけつけた時にはすでに呼吸が停止していた。

当直医と担当医、どちらを呼んだものかと一瞬迷って結局当直医を呼んだ。大学病院と市中病院とでは当直のシステムがかなり違っていてゆるく(もっとも医師にとっては病院に缶詰めということが大学病院より程度がゆるいのでよいことだと思う)、当直医はまるで知らない患者のことで呼ばれるから、病歴もどうしてその状況に陥ったのかもまったくわからないということが少なくない。担当医が夜間帯は院内にいないことが多いから、電話で連絡をしても急変の状況が伝わりにくい。そんなわけで明確な指示を出せる医師が不在ということになる。さらに担当医にも上級医と下の医師がいて、必ずしも大学病院のような研修医と指導医のような関係にない、つまりいざというときに方針が違っていて「近くで診ていたのは下級医で指示がまともだが、上の医師がとんちんかんな指示を出している」なんていうことがあると、看護師はどっちに従ったもんだか立場的にものすごく微妙だったりする。先日起きた急変でこのあたりの「市中病院における当直医・担当医(下級医・上級医)の関係」ということについてはかなり懲りた。

しかし経験を活かしたはずの今回のこの判断もまずかったらしい。結局この患者はもともとの方針が蘇生なしであったこともあってその後の手当ての甲斐なくそのまま亡くなり、心停止後到着した担当医から最初の対応がまずかったと当直医・リーダー看護師ともどもかなりの「指導」を受けた。

その時にはその通りだと思いかなり反省したのだけれど、よく考えたらわたしのチームの患者でなかったので入院以来受け持ったことが一度もなかった。半月くらい前にかなり重篤になり、この頃の夜勤では朝まで様子を見ていいか当直を呼ぶべきかと担当の看護師から相談をされたことがあった程度だった。勉強不足、ブランクが長いということに加え、正直中途半端にそのころのことを知っていただけに対応する上での方向性にぶれが出て、それが当直医への対応にも影響したということはあったと思う。この当直医もややゆるく以前懲りたことがあったから、ファーストコールをこの医師にしたのがそもそもまずかったとそれも反省している。

要するに、患者の病歴をまったく把握していない別チーム担当看護師と、一応病歴は把握しているが受け持ちではなかった若いリーダー看護師と、これまた患者の病歴をまったく把握していない当直医で対応に当たったというわけだ。こうして文章にするとすごいことだと改めて思う。自分の非を否定する気はまったくないが、それでも今回反省するべきはわたしたちだけなのかと疑問にも思う。

担当だった看護師は1年目のなかでもゆるいことで知られていて、すべてが終わったあと「VFってなんですか」「え、シンシツサイドウってなんですか」とわたしに聞いてしまった。

彼女がこの件で自分がだれからも叱責されなかったことの意味を考えられるといいけど、そこまで求めるというわけにもいかないか。

そして気がついたら「カノッサの屈辱 秋の特別講習」を見逃してた…

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頭痛

連勤の日々。

夜勤のみなので通常の交代勤務よりも本来かなり休みが多いのだけれど、今月はものすごく勤務が詰まっている。寝ても寝てもすっきりしない。

今月末、以前の勤務先の仲間で温泉に行こう!という話になったので3連休の希望を出した。3連休ならそれほど同じ月の勤務がきつくなることはない。

ところが上司が何を思ったかそこに6連休をつけた。深夜明け6連休だから実質7連休である。なにをどうするとそうなるのかと思って確認したら、

「え、ご主人が来るんじゃないの。長く休みがほしいかと思って」

家庭の事情で連休がほしいなら希望を出すか、少なくとも事前に相談するよ…

かくして3日連続深夜勤務をして、1日休んで2日深夜勤務して、準夜で朝4時まで残業してまた準夜で、2日休んでそこからはときどき1日休みを挟みつつ深夜勤務が続く…という勤務が月末の連休まで延々と続くことになった。そして今夜の勤務から通常ならICU対応になるような重症患者を持つことになっているらしい。

非常勤っていいね!業務に責任がもてなくなるようなら問題になる前に月単位でとっとと撤退できるもんね。自己管理とか何とか、まともな人員管理をしてから言ってちょうだいな。

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気持ちはどこからくるの

最近よく見るカップシチューのCMソング。「お湯を注いで混ぜれば、優しい気持ちにすぐ会える」というあれがとても興味深い。

それが自分の感情にもかかわらず「気持ちに会う」という妙な表現はそのうち市民権を得るだろうか。

CMソング、あるいは人様に公表する芸術分野の文章なら、通常の表現から若干ずらすのは珍しいことではない。それが「目新しくおもしろい」と映るか「プ、なに言っちゃってんの」と思うかは人による。ただ「感情」がどこから来るのかということを考えると、もんのすごく他力本願な表現のような気がするんだけど。

「いやな気持ち」「優しい気持ち」はなんらかの外的要因によって、あるいは自己の精神的・身体的状況によって内から出てくるものだから、「なる」「抱く」と通常表現される。これを「会う」とするなら、感情そのものが自己に関係なく完全に外的なものになる。優しい気持ちにならないのはそれが自分のところに来ないからだとか、いやな気持ちになったのはそれがどこかから飛んできて入り込んだからとか。

まあ古来の表現にも「まがまがしい気持ちにとらわれる」といった「いやあっしの責任じゃねえんすよ、何かにとりつかれちまったんで」なものもあるからそのうちこんな表現も違和感がないようになるのかな。

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伝言ゲーム

夜勤の日々。

みなさんが寝静まってから出勤する深夜勤務だけでなく、ときどき午後出勤で零時まで勤務する準夜勤務に当たることもある。そして準夜はたいていとても忙しい。これはそんな忙しかったある夜の話。

19時ころ病棟の電話が鳴った。だれやこんなくっそ忙しい時間に、と思いながら出る。

「医師の辺見ですけど、岩田さんの担当の看護師さんと話したいんですけど」という女の声。

わたしは岩田さんの担当ではない、つまり岩田さんはわたしが担当しているチームの患者ではないが、ご自身の意見が強い女性で、治療にあたっては往々にして医療者の方針に対し「自分の身体だし、これまで自分のやり方で対応してきたんだからあんたらよりよくわかっている」といった意思表示をする、ということはつねづね聞いている人だった。こういった方々に対しどうすればいいのかというのはけっこう微妙で、その「これまでの自分なりの対応」がまずくて悪化したことが入院の理由だったりすると「じゃあわけのわかってない医療者に頼らずに自分で治してくれ」と心の中でつぶやいたりする。ときどき顔に出る。

ともあれこっちは忙しい。担当の看護師は病棟のどこにいるかわからなくて探す時間がないから、彼女が持つ医療用PHSの内線番号にかけてもらうことにする。「どこにいるかわからないので、内線1234にかけてもらえませんか」

と、えらくぶすっとした口調で「これ外線なんですけど」と言う。なあ、そこは「すいません、外線からかけてるんです」だろう。声からして若い女の医者らしい。知らない相手にものを頼むのにその口調か。パンドラの箱が開いて、かいぽんバージョン2008がぼよよんと出てくる。失礼な奴に会うと出てきて同じように失礼な対応をするかなりいやな奴だ。

かいぽん2008は保留にせずにそのまま受話器を置き、すぐ横のもう一台の電話から担当に電話する。保留にせず音が相手に筒抜けになるに任せるのは「手間かけさせやがって、せわしない様子を聞け」というアピール。「岩田さんの担当の看護婦にって外線入ってます。お願いします」。で、放置。

担当が廊下の向こうに見える。なぜか反対方向に向かって歩いていく。相手も忙しくて用事をひとつ済ませてから来ようというのか。ま、待たしとけばいいんじゃないの。

しばらくして詰め所の横を通りかかると、さっきの電話機で岩田さんが話をしていて、なぜか怒鳴っている。何しろ居残っていた日勤メンバーが遠巻きに見て、わたしが通りかかると「あれ何?」と聞くくらいの喧嘩腰。でもこっちは忙しいので担当看護師経由で本人と話してるのかくらいに思って、「ああ、担当医師と話してるみたいですよ」と言って終わり。

消灯時間をかなり過ぎてからようやく消灯して戻ると、岩田さんのいるチームの看護師が「さっきの外線、先生からで、指示の変更についてわたしと話したかったみたいなんです」と言う。ああ、そうだね…って、えええ?

わたしからの内線連絡を受けて、忙しかった担当看護師は「外線?ああ家族から本人に電話が入ってるのかな」と思い、本人を呼びに行ったらしい。逆方向に向かって行ったのは本人の病室に向かっていたのだ。通常ここでは外線電話は本人に取り次がない。誰がかけているのかを確認し、本人から公衆電話か携帯でかけ直していただくことになっている。しかしこの看護師が若かったこと、シフトが忙しかったことからそれが抜けてしまったのかもしれない。

かくして本人が「もしもし」と出た途端、この医師は相手が看護師だと思って指示を出したらしい。しばらくして本人だとわかったようだ。その後この医師から担当看護師は「なんで本人を出したのか」とえらく剣幕で言われていたらしい。その時点ではなんのことだかまったくわからないこの看護師はものすごく忙しい時間にもかかわらず話を全部聞き、なんのことだかよくわからない…と混乱しながらも本人に謝ったところ、本人は「ああ、別にいいですよ」と別に怒るでもなく言ったのだと。その後わたしが「ええっ、担当看護師をって外線入ってますって言ったけど…言い方が悪かったかな」と言うのを聞いて初めてどういうことだったのかわかったという。

その後病棟の上の医師から連絡が入り、「間違って本人が出ちゃったんだね。辺見さんから聞いたよ。岩田さんからクレームとか、何か問題があったら対応するのでいつでも僕を呼んでいいからね」と言われたが、病棟的にはまったく問題がなかったのでそのまま終了。気になるのはこの辺見という医師が本人と知らずにどんな言い方をしたかということで、「イワタさんうるさいんで指示変えます。もう本人が言うように3回を7回でいいですから」とか何とか言ってないといいけどと話しながら帰った。

そしてその翌日、また準夜で出勤すると、病棟の後ろからきんきんとした女の声がする。「内線番号を言ったんだから、看護師と話したいってのはわかってたと思いません?それで本人を出すなんて。これは問題ですよ。病棟はこれでいいんですか。これが病状告知なんかの話だったらどうです」外来終了後わざわざ病棟まで来て看護師に怒りをぶちまけているらしい。

その時の電話に出たのはわたしです、伝言が不十分でご本人が出てしまいました、と説明して謝ろうかと思ったが、どうもこの話の調子を聞くとこいつと話をしても当てこすりを言われるくらいで何もいいことはなさそうだし、このまましばらく放置したらこちらの上司に話が行きそうだからそれを待ってそちらに話をした方がよさそうだと思い黙っておいた。

思ったとおり10分後にはこの件で上司に呼ばれたので、同じくこの日も準夜で出勤していた担当看護師とそのまま話をした。「そうか、じゃあ本人を呼ぼうという意図はなかったってことね、伝言からの勘違いね。ただ振り返りは必要だと思うから、またしましょうね~」と上司は去っていった。

内容によっては大きな問題に発展しかねなかったという可能性は否定しないが、今回の用件は「投薬指示を変更します。3回投与だったのを本人希望に沿って7回で」だったのだから、本人が聞いたところでそのまま問題があるものではない。ただ単に出たのが本人だった、というだけで医師がここまで怒るというのも不自然だし、電話を切ったあとわざわざ夜中に上の医師にまで連絡をして「問題があったら対応をする」ということになったり、翌日病棟まで来て上司を巻き込んで話を大きくしたところをみると、看護師だと思って話したことが本人が聞けば怒るようなことだったのかもしれない。しかしそれは話した本人が自身の品位を振り返るべき問題であってこちらには関係ない。

病名告知だったらどうですか、か。電話で「かいぽんさんは進行すい臓がんです。なにしろ若いんで、もって2ヶ月かな。明日家族だけ呼んで告知して、本人に話すかどうか確認するんでよろしく」なんて詳しい告知の内容について話をするとしたら、その方がどうですか、だと思うけどね。

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