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2021年6月

中古住宅の光と影

家を買った。

アメリカではたいがい建築会社が土地を購入、そこに適当に数種類設計した住宅を数十件から百件ほど一度に建てる計画を立てて購入者を募る。建てる前に契約すればある程度のカスタマイズができるが、建ってからの購入は完全な建売住宅になり、いくつかあるうち好きなデザインの家を選んで購入することになる。これらの住宅は同一価格帯なので、ご近所さんも同じような経済状態であることが多い。そして、それぞれが好みと予算に合わせて家の中の設備や庭をカスタマイズしていく。住宅はかなり長持ちするので、こういったアップグレードがされていれば売却の際の価格を上げることができる。

住んでいたエリアの治安に不安を感じるようになったので、ここ5年ほどいい物件はないかと探していたのだが、中古住宅でよさそうなものはなかなか出てこないし、新築はコスパが悪すぎるといった具合でなかなかうまくいかなかった。完全にあきらめていたところにある日中古住宅市場に出てきた物件を王子とともに気に入り、それまでに失敗から学んできた購入のための技術を駆使して交渉し、縁あってか入居に至った。同じ市内でもかなり閑静なエリアで、どの家もきれいに手入れがされている。以前のお隣さんのような外壁が剥がれ落ちたまま放置しているお宅も、庭で大麻を栽培するお宅もなさそう。

アメリカではあまりしないとは知っていたけれど、せっかくだからと王子をせっついて挨拶回りをした。お取り寄せしたちょっといいお菓子にカードを添えて手土産にし、両隣と向かい数軒を回った。引退した老夫婦や裁判官、大学教授といった穏やかな皆さんで安心した。

入居した住宅も、以前のオーナーが終の棲家にすべく住みやすくするためにかなりのアップグレードを施していた。庭はプールが古いデザインだったからと一新し、造園し、通年花を見ることができるように季節ごとに咲く木を植えた。一角に噴水を設置するために電気工事までしたらしい。住宅そのものも外壁や屋内の壁や床をイタリア調のデザインで統一し、さらに1階部分の屋根を一部取っ払って2階に部屋をひとつ増築、座って眺望が楽しめるバルコニーをつけた上に外階段まで設置した。

とはいえそうそうすべてがすばらしいわけはなく、中古住宅だからいろいろ問題がある。天然石を使った床はあちこちに穴があいているし、トイレがカーペット敷きというのはありえないので入居前にカーペットを交換、床も一部交換した。乾燥機を使ったら排気口からときどき埃が飛び出してくるので内部を見てみたら、どうやらフィルターを掃除する習慣がなかったのか、圧縮されてフェルト状になった埃がみっちり詰まっていた。あとなぜか靴下が3足と鉛筆まで出てきた。噴水は淀んで底が見えず、スイッチを入れても動かない。意を決して再生に取り組み、水を抜いて層をなして沈殿したごみを取り除いてブラシでこすり、モーターを分解して中にみっちり詰まったごみを洗い流し、完全に詰まったパイプもパイプブラシできれいにし、1週間かけてついにきれいな水が流れるようになった。

そして今最も困っているのが水漏れ。家の周囲の土中にスプリンクラーがもれなく配置されていてタイマーで水がまかれるのだが、そのどこかが漏れているらしい。入居してから月の水道代が4万円で、プールがあったりスプリンクラーがあったりするから高いのかと思っていたら水が漏れているらしい。なんと、1分あたり1リットルの水が昼夜を問わず漏れているんだと。屋内ではなく屋外らしいのだが、庭のあらゆる場所の土中に水道管を通してスプリンクラーが設置されているので、どこで漏れているのかはあたりをつけて掘り返してみないとわからない。ここ1週間ほど王子があちこち掘り返しているのだが、いまだに掘り当ててはいないらしい。コンクリでがっつり固められているエリアも多いので、そこは掘り返せない。見つかるのかな、水漏れ箇所…

解禁

国内最悪のコロナ禍の舞台となったこの州も、予防接種が開始されて半年でほぼ完全に収束、今週からマスクなしでの外出が認められるようになった。昨年3月に非常事態宣言が発令されて以来自宅での勤務になっていた王子も通勤に切り替わった。わたしの職場では現在もマスク着用が義務付けられている。着けてると暑いんだけどね、顔の半分を隠すと表情が隠せるということに気がついちゃったのよね。「仕事じゃなかったらアンタみたいな奴とは一切かかわりたくない」みたいな表情が隠しやすい。便利。


アメリカでは正式な手続きをほぼ完全スルー、異例の速さで予防接種が開始された。批判も当然あるのだが、それができること自体がアメリカの強さなのだろうし、実際これほどの速さで事態が収束したことを思えば、それは現時点では悪い決断ではなかったのだと思う。

アメリカの地上波でなぜか日本で夕方放映されているニュース番組が放映されている。そのなかで予防接種に対して賛否両論だという話があり、王子がこれを不思議に思ったらしい。日本人はお上が「ほら、予防接種だよー」と言ったら羊飼いに従う羊みたいにみんな受けるものだと思っていたと。

わたしは予防接種が出始めてからほぼすぐに受けたのだが、それはわたし自身が半強制的に本院に派遣されていたからだ。通常勤務している分院は新型コロナ患者は一切受け入れない施設に指定されていたから、ここにとどまることができていたら予防接種は受けていなかった。一方で本院ではどの部署で勤務しようと新型コロナに罹患するリスクは桁外れに高かった。当時ICUは新型コロナ患者で溢れ、一般病棟もひとつまたひとつと新型コロナ専用病棟に切り替えられ、救命救急部門は急場しのぎに配備された巨大なプレハブとトレーラーで患者を受け入れ、廊下にも簡易ベッドに横たわる患者が並び、看護職員の2割以上が新型コロナに罹患して勤務停止になっていた。そこで勤務することで新型コロナ罹患が避けられないのは仕方がないとしても、王子にうつすことは避けたかった。予防接種について得られる情報にはすべて目を通し、長期的に何らかの問題が起きる可能性を考えても現時点で享受できる利益を選ぶべきだという結論に達したから受けた。

「日本人は慎重な人が多いから、長いスパンで何か重篤な問題があるかもしれないというリスクを冒したくないという人は多いと思うよ、わたしも本院勤務になっていなかったら受けてなかったと思う。アメリカに来るまでインフルエンザ予防接種を受けたことだってなかったし」と言ったら驚いた顔をしていた。こちらに来てから、インフルエンザ予防接種を受けないと勤務中は9月から4月までマスクを着用しないとならないという規定があるからいやいや受けていたのだが、去年はどのみちマスク着用が義務だったから受けなかった。

予防接種は昨年末、まず医療従事者のうち希望する者とハイリスク高齢者に対して提供され、その後高齢者、そして教育機関に勤務する者に対しても提供が開始された。王子はこれにあてはまるため、受けられるがどうしたらいいと思うかと聞かれた。このときにわたしが接種を決めた理由を伝えて情報のリンクを送り、正解はないからリスクと利益とを考えたうえで最終的に自分で決めるといいと思うよ、と伝えたのだが、そんなことはすっかり忘れて、わたしはお上が勧めたから何も考えずに受けたと思っていたらしい。んなやつ本国にだっていねえよ。

王子が通勤するようになって、今日初めて自宅でひとりになった。これまで家には常に王子がいて、家にいるからってんで荷物を受け取ってほしいとか依頼しても会議があるからみたいな使えないことを言ってくれて、さらに食費も増えてトイレットペーパーみたいな日用品ががんがん減るようになった。ひとりになれるのも音楽が聴けるのも通勤中の車の中だけで、慣れたら別に苦でもなかったけど、いやいいもんだねえ。

 

第一印象が消えない件について

第一印象というのは思った以上に根が深いと痛感したという話。

うちの職場は病院なのに、同じエリアにいくつかの部署が詰め込まれていて、内視鏡科のすぐ横に人工透析室がある。もともと内視鏡科のフロアだったのを半分に分けて人工透析を入れたというのが正しい。だからナースステーションもこのふたつの部署が共有している。

人工透析室の秘書さんは勤務20年になるベテラン、頭の回転が速く、誰と誰が横のベッドになっちゃいけないといった細かいことも完全に把握している。予約システムに精通しており、しかもスペイン語が堪能なので何か困ると頼りにさせてもらっていた。この秘書さんが惜しまれつつ退職することになり、次の秘書さんが採用されてやってきた。

新しい秘書さんが独り立ちしてしばらくした頃、看護師長から内視鏡科のスタッフに「勤務中の行動には気をつけるように。休憩時間外の私用電話をする必要がある場合には私に一言通してください。人工透析室のスタッフから『内視鏡科のスタッフは勤務時間中に私用電話をしたりスマホを見たりしている』というクレームが入りました。正直余計なお世話だけど、クレームが入った以上対応しないわけにはいかないから」という通達があった。

当然だけどクレームの元はこの新しい秘書さん。「かいるびとかいうアジア人看護師は勤務中にスマホを見ているし、同僚のサンディは勤務中に私用電話をかけている!これは予算の無駄遣いだから改めさせなければ!」と思ったらしい。

しかしこれにはふたつ問題があった。まずひとつめは、内視鏡科のスタッフの行動には問題がなかったことだ。私はいまだに見たことがない医療用語に出くわすとアルク社が提供する「英辞郎on the web」で調べている。この秘書さんが見たのは私がスマホで単語の検索をかけていた時だろう。サンディの私用電話に至っては、その前夜に夫が入院をしたために病室で付き添いをしてくれていた姪や担当医師かから様子を確認する目的の私用電話だった。

そしてもうひとつの問題は、この秘書さんが「人工透析室と内視鏡科はまったく別の管轄で、それぞれ師長・部長がおり、予算はそれぞれ独立して採算を得ている」ということを知らなかったことだ。内視鏡科が何にどれだけ予算を割こうが人工透析室の関知したことではない。うちの師長が「余計なお世話」と言ったのはそこからだった。

さらに今回、この秘書さんは人工透析室の師長をすっとばしてその上の部長に直訴をしたのだが、この部長、横つながりのうちの部長にではなく下の階級であるうちの師長を捕まえて上から「お宅のスタッフ、こんなことしてるっていうじゃない、どうなってんの」とやったらしい。別部署とはいえ階級が上である部長に対して「うちのスタッフはよくやってくれている。アンタに言われる筋合いはない」と言うわけにはいかなかったのだ。


この話は内視鏡科のみならず私がヘルプに行っている外科部署全体にあっという間に広まり、この秘書さんは「透析室部長のスパイさん」として有名になった。さらに今回の件で自分をすっとばされた人工透析室の師長は完全に顔をつぶされた形になった。内視鏡科と人工透析室はもう10年近く隣同士でやってきてスタッフも師長同士も仲がいい。そこに波風を立てたこの秘書さんには部内でも風当たりが強かったらしい(そして部長に泣きついて部長がうちの師長に「なんでいじめるようなことをするのか」とクレームをつけたらしい。知らんがな)。

その後この秘書さんは笑顔と挨拶とを心がけて日々勤務している。私も同僚のサンディも挨拶されれば笑顔で返す。おそらくただ先走った行動に出ただけで悪い人ではないのだろうと思う。でも、この人がいる時にはある種の緊張が消えない。ある時サンディに「第一印象って怖いものだね、私はあの秘書さんが努力しているのはわかっているけどどうにも信用できない」と言ったら、「そうなのよね、最初にあんなことがあったらもうその後関係を築くとかできないのよ」と返ってきた。

新しい職場だったのだから、最初の半年くらいはおとなしくして関係を築きながら状況を把握して、そこから必要であれば行動を起こせばよかったのに、いきなり行動を起こしちゃったらもう後がない。どうもアメリカ人にはこういう人が多い。自分を認めさせたいという気持ちが強いんだろうか。でもアンタの仕事スパイ活動じゃないし。

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