10秒の修羅場
大根を買いに1時間かけて日本食スーパーに行くことにした。日本では節約の王様みたいなものも、海を超えるとすっかり贅沢品になる。
6車線あるような大きなフリーウェイは比較的空いている。時速70マイルで走っていると、左の車線を走るトヨタの青いセダンが視界に入ってきた。なんとなくだけど、寄ってきているような気がする…と思った瞬間、セダンは車線変更を始めた。わたしが走る車線に入り込んできたのだ。
問題は、どうやらこのセダンを運転する人の視界にわたしの車がまったく入っていないことだった。フロントガラス越しにセダンの右後部ドアが見える。わたしからはタイヤも見えないような至近距離でセダンが割り込んでくる。
このままでは衝突すると、咄嗟にブレーキを踏む。相手のバンパーが見えないほど近い。夢中でブレーキペダルを床まで踏み込んでいるのに、セダンはアクセルを緩めているのか距離がまったく離れない。時速100キロを超える高速走行中にブレーキをベタ踏みしたために車体が左右に大きく揺れてハンドルがとられる。蛇行しているのを視界とハンドルから感じながら、必死でハンドルにしがみつく。タイヤが軋む長くて高い音が聞こえる。これから前の車に突っ込む音が聞こえるんだな、と思う。
わたしがセダンを避けようとハンドルを切ったのか、それとも急ブレーキによるものか、自分の車が右側の車線に入り込んでいるのが見える。はっとして横を見るとグレーのセダンが横を走っている。ここで初めて右横や右斜め後ろを走っている車にぶつかる可能性もあるのを思い出す。この車の鼻先は短いから、前と後ろの両方からぶつかればこの車は潰れ、わたしはおそらく助からない。ほかにも怪我をする人がでてしまうのだろうか。視界の端に青い空が見える。
前を向き直ると、青いセダンのバンパーが見えた。続いて、後部タイヤが見えた。そして、路面が見えた。セダンとの距離が空いたのだ。大きな音はしなかった。誰ともぶつからなかった。怪我はしなかったけれど、夢中でブレーキペダルを踏み込んだ右足がすこし痛んだ。
わたしは元の車線を走っていた。安堵も怒りもなく、ただフリーウェイの白い路面を青いセダンがスピードを上げて走り去って行くのを見ていた。止まって息をつきたかったけれど、一般道ではないから路肩に止まるのは危険だと思い直してそのまま走り続けた。
おそらくこのとき、幸運にも後ろにもすぐ右の車線にも車はいなかったのだろうと思う。右を向いたときに見えたグレーのセダンはスカート部分まで見えていたので、おそらくすぐ横ではなく、車線を挟んだ次の車線を走っていたのだろう。それでもドライバーはきっとものすごく驚いたはずだ。
あの青いセダンは、ただの確認不足だったんだろうか。それとも飲酒や薬物による影響を受けていたんだろうか。とっとと消えたけど、わたしに修羅場を見せたことには気がついていたのだろうか。
今回の教訓は、タイヤ交換は大事ということと、ドライブレコーダーは装備しておきましょうということのふたつ。バッテリー交換が必要になったとき、タイヤが剥離が起きそうなほどひどく劣化しているからフリーウェイは走らないようにと言われて、そういや低速で交差点を曲がるときにすらものすごい音がするよなあと思い出し、それなら交換してくれとその場で依頼した。車検のないこの国で、あれをやっていなかったらどうなっていたことか。
この瞬間のドライブレコーダーの録画は怖くて確認していない。車って怖いね。生きててよかったです。
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