職場に新しい顔が増えた。
系列施設に日帰り手術専門センターがあって、そこで勤務する男性の看護師が手の足りないときにうちにときどき来てくれていた。明るくよく動く人で、昨今そちらは件数が減っているためにフルタイムなのに40時間勤務できないのだそうで、こちらも助かるが先方も収入が減らなくて済むという話だった。
そんな頃にうちの同僚看護師がひとり解雇され、空いたポジションにその男性看護師が応募し、当然だけど採用になって一緒に勤務を始めた。
そしてこの彼もわたしと同様ここで勤務するまで点滴留置の経験がなく、しかも使用する留置針も18~20Gと大きいので非常に苦労するようになった。彼はわたしなんかお話にならないようなベテランさんだが、日帰り手術センターでは麻酔回復室専門だったので留置はしなかったし、その前の職場は重症度が高くCV(中心静脈ライン)がメインだったらしい。
一方わたしは去年点滴留置で非常に苦労したが、最近では留置で苦労することはほとんどなくなった。「わたしはなかなか点滴が入らないの」と言われてさっくり入れて喜ばれることも増えたし、外したとしてもある程度難しいケースだったり入ったのに静脈弁にひっかかってカテが進まないとかいう、わたしの腕云々でない次元のことが多い。
さらに最近では局部麻酔剤のリドカインも上手に使えるようになって、20Gで刺したときの痛みをかなり緩和できるようになり、さらに刺す側としても気が楽になった。留置時に麻酔科医やらCRNAやらが訪室してくれるとまたさらに患者の意識が逸れるので、気がつかない間に入っていた、なんていうこともある。
そんなわけで上司がわたしを引き合いに出してこの男性看護師を日々慰め激励している。
「このかいるびさん、今でこそ18Gを普通に入れてるけど最初の数ヶ月は苦労したのよ。それで1日内視鏡室送りにして小さいゲージで数をこなしてだんだんうまくなったんだから。大丈夫、できるようになります」
わたしの後にも留置に苦労する新人さんが何人かいたけれど、それでもみんなわたしほどの苦労をしないでうまくなったので、引き合いに出されるのはわたしだけ。あの頃は毎晩「点滴が入らないので辞めます」と退職する夢ばかり見ていたものだ。
彼もまた、1年半前のわたしのように刺される患者側が痛かろうと気持ちをすり減らし、外すたびに自分を責めている。あせらなくていいなんて言われても、刺すたびに相手は確実に痛い思いをしているし、それで入ればいいけれど入らない。できるようになると言われても信じられない。
そんなわけである日、勤務後、わたしよりも10も15も年上であろう彼と一緒に座って話をした。
それまで日本の病院で勤務していて、点滴留置は研修医の仕事だったからしたことがなかったこと、ここで初めて点滴留置を教わって非常に苦労したこと。
書籍や動画サイトで勉強しても、上手な人の点滴を何度も見せてもらっても、やっぱりまともに入るようにならなかったこと、上手な人は苦もなくあっさり入れるから簡単に見えてしまい、結局何度見てもちっとも参考にならなかったこと。ある日男性患者さんの留置に失敗して舌打ちするのを聞いて、部屋から出て泣き崩れてしまったこと。
上司が「わたしに留置針を刺してみなさい。どこが悪いのか診断してあげるから」と言ってくれて刺して、それでも入らなかったこと(しかも20G。あれは痛かったと思う)。
「It'll come to you(できるようになる)」なんて言われてもまったく信じられなかったこと。
その後内視鏡に1日派遣されてその日の点滴を22Gで残らず入れて何となく感覚がつかめたのと、「相手に痛い思いをさせている」という気持ちをある程度乗り越えることができたこと。
だから気持ちはほんとうによくわかります。できるようになると言われて信じられないのもわかります。それでもいつか必ずできるようになるものだとここまできてようやく思うようになりました。だからあまりご自分を責めないでください。わかりやすい血管をした人で数をこなして慣れていくといいと思います。
じっと聞いていた男性看護師は「いつかできるようになるとみな言うけれど、本当なのかといつも思う。でも本当にそうなんだね」と言った。「You're my inspiration(心強いです)」。
自分のつらかった日々がだれかの励ましになることがあるらしい。いやでもこの人の方が成長が早いと思います。わたしはまともに20Gで入るようになるまで3ヶ月じゃきかなかったもんな…
王子がいい血管していて、気がつくと指で血管を押しているらしくものすごく嫌がられます。いやでもあんな血管なら18どころか16だって余裕でいける…しかも若くて既往歴もなくてふっくらとやわらかい血管壁…
まあ嫌がるのも当然か。
最近のコメント