しばらく前、米国で医療制度改革、いわゆるオバマケアの実現を推進する団体が、医療支出についての調査をしたという記事を読んだ。「日本の医療支出は先進工業国で最少、最高は米国 米調査」
これによると、13の工業先進国(英・豪・カナダ・スイス・スウェーデン・独・日・ニュージーランド・ノルウェー・仏・米、オランダ・デンマーク)の医療制度を比較、医療関連支出が最も少ないのは日本の2878ドル(約23万円)、最も多いのがアメリカの8000ドル(約64万円)だったという。
日本では医療支出が予算内に収まるように医療費を設定することでコストを抑え、専門医や病院の利用、CTやMRIといった高度な医療機器の利用に制限をかけていないことなどが報告書で触れられているという。一方で、米国では医療費が高く設定されていること、医療技術を容易に利用できること、さらに肥満のまん延から医療支出が増えているとしている。詳しくは記事を参照してください。
アメリカで医者にかかって診察や検査、治療を受けたりすると、しばらくして医療保険会社から「医療費のお知らせ」が来る。自分の自己負担がいくらになるとか何とかという前に、とりあえずこれだけかかってます、という通知である。この金額が常に3桁、下手をすると4桁。「ほんとに保険きくよね」といつも少し不安になる。
先日ウロ(泌尿器科のこと)を受診した。「UTIと結石を繰り返しているので腎機能が心配になりまして。機能評価を」とお願いし、とりあえずディップテストと残尿検査をした。問題なさそうだけど一度きっちりやっておいたほうがいい、と医師はもろもろの検査指示とUTI用の抗生剤の処方箋を出してくれた。
今回の通知によると、この「診察とディップテストと残尿検査、処方箋」、これが529ドル。その日のうちに血液検査と新鮮尿は済ませてしまおうと外来検査部に行って採血・採尿をしたが、これで996ドルである。その後提出した蓄尿は150ドル。造影CTが軽く1200ドルを超えたのは以前に触れたとおりだ。
わたしは外来診察の自己負担一律10ドル、検査・加療は上限年500ドルの自己負担ですむので、必要とあればそれほどためらいなく医療が受けられる。これは王子が職場から福利厚生として提供される医療保険の恩恵で、個人でこれと同等の保険プランに入ったら、保険料で収入の数割が飛ぶ。
この医療保険は大手の保険会社、さらにPPOというシステムなので、自分で選んだ専門医をほぼ無制限に受診できるのだが、これが違うシステムだと専門医の受診にかなりの制限がかかる。文中で、日本では専門医や病院、医療機器の利用に制限がないと言及されているのは、アメリカでは加入する医療保険プランの種類やランクによってそういったものに制限がかかる場合が多分にあるからだ。
アメリカは世界トップクラスの格差社会で、人生のいろんなところにその格差が反映される。日本では親が泥水をすすってでも子供に教育を受けさせるというようなを話を耳にするが、この国ではある一定のラインより下の層に生まれたが最後、泥水をすすったくらいでは子女に高等教育なんか受けさせられない。
そしてその格差は、当然受ける医療にも反映される。現時点で政府が提供する皆保険制度はなく、日本レベルの医療は市民に対して保障されない。その一方で、高額所得者ほど充実した医療を受けることができる。
手術を受ける病院にしてもそうだ。先週のある日、普通に当日手術の患者さんの入院をとった。ひと通りの入院・手術の準備を終え、何か質問はないかと尋ねたところで患者さんの家族が言った。「もし手術が必要になったら、僕もここにお願いして、あなたを指名したい。設備もきれいだし、受付からここまでみな礼儀を持って笑顔で対応してくれて、説明も丁寧だし。点滴を入れるのに痛くないように局部麻酔をするなんて初めて見たよ」
実は最近知ったのだが、うちの病院は他の病院よりも医療費がかなり高く設定されている。その分、患者対看護師の比率が高く、病室は全室個室、退院前には医療マッサージ師が病室までマッサージをしに来る。だから、同じ手術を受けてもうちだと余計に金がかかるわけだ。
これで影響を受けるのは主に医療費の請求を受ける保険会社である。だから、保険会社としてはどこでもできる手術なら、加入者に安い病院で受けてもらったほうが得ということになる。
病院は事前に手術予定患者の保険会社に連絡を取って医療費が保険適応かどうかの確認を取るのだが、安い医療保険プランだとかかることができる病院にも制限がかかり、うちでの手術を許可しないことがある。一方で手厚い医療保険プランであればあるほど受ける医療や病院に制限がなくなり、患者の自己負担も変わらない。
自分の加入している医療保険プランのカバー力がよいことを知らないまま普通の病院で普通のケアを受けてきた人が、何かの治療でうちの病院に来て感動するというのはけっこうある。以前からやけにうちの病院の客層はいいと思っていたけれど、要するに貧困層お断りの病院だったというわけだ。
わたしは日本人だからなのか、医療と金とを秤にかけることに対する罪悪感がある。大切なものだから安価で提供されるべきだという考え方である。
でも、この国では人生で大切だと思うものは自分で行動を起こして手に入れるのが当然とされている。身を守るために治安のいいエリアに住む、きれいでおいしい水を得る、人生の条件をよくするために教育を受ける。そういった人生のすべてが自己責任であり、それをしないのは本人の意思だと多くの市民が考えている。
医療も当然例外ではない。健康のために喫煙をせず、食べるものに気をつけて運動をするかどうかは個人にかかっているし、必要時に医療を受けられるように備えておくのも個人の責任である。誰かが無保険だとしても、それを他者のせいにはできない。
さて、この調査をしたのはオバマ大統領が導入した医療制度改革法、いわゆるオバマケアを推進するアメリカの団体だそうだ。当然ながらこの法律にはアメリカ人の約半数が反対している。政府が収入にかかわらず誰にでも医療を安価に提供する、さらにその財源が市民の皆保険制度への強制加入だとしたら、それは建国精神に反する。
オバマケアは一部の州で違憲判決が出され、現在この法律は政府によって連邦最高裁に持ち込まれて審理中。そのうち判決が出ます。これが合憲になったりするとアメリカも医療費削減に乗り出したりして、看護婦さんが日本みたいに走り回って医療ミス連発なんてことになるのかしら。胸が熱くなるよね。
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